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基礎知識

20世紀のパンデミック(スペインかぜ)

発生と流行の広がり
第1次世界大戦の最中、3波にわたり全世界を襲った。第1波は1918年3月に米国北西部で出現。米軍とともに欧州に渡り、西部戦線の両軍兵士に多数の死者を出して戦争の終結を早めたといわれている。
スペインの王室の罹患が大々的に報じられたことからスペインかぜと呼ばれるようになった。第2波は同年秋、世界的に同時発生してさらに重い症状を伴うものになった。 第3波は1919年春に起こり、同年秋に終息に向かった。


ウイルスのタイプ
A型。当時はウイルスが原因とは知られておらず、 後の血清疫学調査や剖検肺や凍土中の患者肺からのRNAの解析で判明した。

罹患者・死亡者
この間、世界の人口の約50%が感染し、25%が発症したと見積もられている。死亡者は2,000万人以上にのぼり、疫病史上有数の大被害となった。米国では南北戦争の死亡者や第2次世界大戦の死亡者を大きく上回り、パンデミックの脅威をまざまざと見せつけた。人口の多くがその免疫を獲得するにつれて死亡率は低下したが、 1957年にアジアかぜが現れるまで流行し続けた。(H1N1型)

日本では
1918年(大正7年)の11月に全国的な流行となった。 1921年7月までの3年間で、人口の約半数(2,380万人)が罹患し、 38万8,727人が死亡したと報告されている。

その他の特徴
20代から30代の青壮年者に死亡率が高かった原因は不明で、謎として残っている。通常は小児や高齢者の死亡率が高い。死因の第一位は二次的細菌性肺炎であった。このとき、始めて剖検肺中に細菌が証明されないことから、ウイルス肺炎が疑われるようになった。

▼死亡者数のグラフ
死亡者数のグラフ


監修 長崎大学名誉教授 松本慶蔵
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